64号 2021(令和3年)1月

「雅楽だより」64号 2021年(令和3年)1月1日発行

●御遊の朝        豊英秋  1
新年冒頭の「御遊の朝」は、昨年12月、日本芸術院会員となりました元宮内庁楽部首席楽長 豊英秋(ぶんのひであき)先生の原稿です。
この原稿、掲載してから気が付いたのですが、平安時代後期、京都の楽人と天王寺の楽人の出会いが語られています。不思議なことにあたかもこの二人が千年余り後、昨年暮れの二つの演奏会で再会したかのような感慨を覚えました。
といいますのも
この「雅楽だより」の「御遊の朝」の原稿は、昨年2020年11月7日、国立劇場主催の「管絃 王朝の遊び」プログラムの原稿を転載したものです。平安時代、御遊(ぎょゆう)にまつわる京都の豊原(とよはら)家(豊(ぶんの)家)の舞人と大阪四天王寺の右舞の名手「あの方」とのお話が書かれています。平安時代も後期にさしかかったころでしようか、京の都での御遊に大阪の天王寺方の右舞の名手も招かれて、京都の舞人と一緒になります。
その時、豊原家の舞人が、大阪四天王寺の天王寺方の右舞の舞人の「あの方」について次のように評しています。
天王寺の「あの方」は「さわやかに、時に激しい風をおこす舞振、天賦の才、足元にも及びません」「名手」です。
天王寺方の「あの方」は、豊原家の舞人の予想に反して『延喜楽』の舞人ではなく『胡徳楽』の「瓶子取(へいしとり)」の舞人だったのです。
「あの方」は、「宴の最後の一曲。まぼろしの舞楽「胡徳楽」の下品の極みといわれる「瓶子取」の役で登台。醜くじっとりと、よどんだ空気を漂わせた舞振りを、見事に演じられました。卑しさに憧れをもつ貴族、女房たちからは、称賛の嵐。」「思い起こせば「あの方」、『胡徳楽』のために来られたのですね」と豊原家の舞人に語らせます。
京都、大内楽所の舞人の視点から天王寺方の『胡徳楽』について書いています。
何故、天王寺方の舞人が「瓶子取」の舞人になるのだろうかと不思議に思っていると、平安時代の天王寺の楽人の視点から見た『胡徳楽』について、昨年2020年12月24日、第48回天王寺楽所雅亮会 雅楽公演のプログラムにその答えが書いてありました。
「官位をもっている由緒正しい身分であった大内(おおうち)や南都(なんと)の楽人からは、当時の天王寺の楽人は「散所楽人(さんじょがくにん)」と蔑称され、少し見下されていたのです。しかし、技術が高く独特の芸態を持っていたので、都の貴人に呼ばれて、大内や南都の楽人とともにしばしば天覧に浴するような機会に舞楽を舞ったりしていました。なかには、秦公信、秦公定(公貞)親子のように(中略)舞楽会で巧みに舞ったことによって貴人から纏頭(てんとう)(ご褒美の絹布)をいただくほどの者もいました。とはいえ、身分が低かったので、宮中儀礼に恒常的に携わることができず、大内楽所の楽人にも補任されることもありませんでした。「胡徳楽」のような滑稽で、三枚目的な役の演目は「末輩(まっぱい)」が行うべしとされて、もっぱら天王寺楽人が担当していたようです。」と。
天王寺方の楽人が「末輩(仲間の末に連なる者。地位・技量などの劣った者)」と見下されていたので『胡徳楽』の「瓶子取」の役という。
「卑しさに憧れをもつ貴族、女房たちからは、称賛の嵐。」これも事実ではなかろうか。
千年余り前の舞人が千年後にお会いしましょうとでも打ち合わせしたかの如く『胡徳楽』について2020年の暮れに、京都の豊原(豊)家の舞人と大阪の天王寺の舞人と、両方の視点から語られるのです。
天王寺の楽人が「散所楽人」と呼ばれていたことは知っていましたが、具体的なことは初めて知りました。

夏の御遊の『胡徳楽』から時を重ねて、秋の御遊の時、天王寺方の「あの方」は再び京都に招かれて『貴徳(きとく)』を舞われることになります。豊原家の舞人は、天王寺方の「あの方」の貴徳の舞を見られることに喜び「右方一ノ者として風を起こす舞振りが見られる。期待に胸がふくらみます。」(御遊の朝 豊英秋 「雅楽だより」64号)とつぶやきます。
『胡徳楽』や『貴徳』はどんな舞だったのだろうか。期待に胸が膨らみますね。
この天王寺方の『胡徳楽』と『貴徳』の舞をユーチューブで見ることが出来ます。
それも解説付きで。ただし1月10日までです。
雅楽公演会 第48回 天王寺楽所雅亮会公演 都にはぢず~朝廷と天王寺楽所~ 会場:四天王寺五智光院 – YouTube
天王寺楽所雅亮会のプログラムも下記から読めます。
https://www.tennojigakuso.org/img/index/program_201224.pdf
コロナ禍だからこそ実現した千年余りの時と空間を越えての出会いかもしれません。不思議なものです。

●平安時代の宮廷音楽としての雅楽
興、幽玄に入る    遠藤徹   2
●現代音楽の中の笙   ③
アカデミアから見る日本楽器
清水チャートリー  3
●上牧・鵜殿ヨシ原 2020年秋      5
●コロナ禍での練習 佐藤浩司    6
●日本芸術院会員へ豊英秋氏   8
●ヨシ原焼中止          8
●情報欄 他