『ヨシ原通信』No.192 2023年5月26日(金)

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『ヨシ原通信』No.192 2023年5月26日(金)
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[1] 明日(5月27日(土))から「つる草抜き」
[2] アシはいつからヨシと呼ばれたか
[3] 次回「つる草抜き」は5月27日(土)より
[4] 寄付のお願い
[5]『ヨシ原通信』バックナンバー
[6] 問合せ先

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[1] 明日(5月27(土))から「つる草抜き」

明日からまたつる草抜きです。よろしくお願いいたします。
今日(26日)午後からヨシ原で角南さんと見てきました。

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下流エリア(23-A辺り) ヨシは3m以上に育っています。その分つる草も伸びています。

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下流(28-A辺り) 4mにならんとするヨシも

5月の下旬にしては、ヨシは昨年以上に育っているのではないかと思われますが、つる草やオオブタクサ、セイタカアワダチソウも伸びています。特に今年手を付けた新上流、新下流などはつる草が1m以上に伸びています。

この5月、6月が勝負のような気がします。明日からはまず新下流、下流エリアの「つる草抜き」を優先して作業を進めようと思います。

しかし、台風や雨の予報もあり気をもんでいます。雨の時は出来ませんので、天気予報を見ながらスケジュールの組直しも視野に入れてと思っています。つる草が1mを超え始めると大変ですので、その前につる草の除草が必要で、またオオブタクサやセイタカアワダチソウも群生しているところもありますので、5月末から6月初旬には除草したいと思います。

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新上流エリアの辺りに1m~2mにも伸びて白い花を咲かせる。

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新下流エリアに群生していました。花は白ですが・・・

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昨年は見た覚えのない「つる草」。下流エリアに生えてきていました。
これら写真の草・花の名前を知っている方がおりましたら是非教えてください。よろしくお願いいたします。

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[2] アシはいつからヨシと呼ばれたか?

アシからヨシと呼ばれるようになったのは江戸時代、江戸時代の末からかと思っていたら、平安時代末にはアシをヨシとも呼んでいたという。
では見ていきましょう。

712年に太安万侶によって編纂された『古事記』には、「海月(くらげ)なす漂える時。葦牙(あしかび)の如く萌えあがる物によりて成れる神の名は、ウマシアシカビヒコヂノカミ。次にアメノオトタチノカミ」と「葦牙(アシカビ)」が神になったと書かれていて葦(あし)となっています。

次に奈良時代(759年)に完成されたとする日本最古の和歌集『万葉集』には蘆、葦などを詠みこんだ歌が51首もあるという。すべて葦(アシ)、蘆(アシ)で「ヨシ」とは呼ばれていない。

万葉集から一首「葦(あし)の葉に、夕霧(ゆふぎり)立ちて、鴨(かも)が音(ね)の、寒き夕(ゆふへ)し、汝(な)をば偲はむ」(3570)
ここでもアシと呼んでいた。

平安時代中期の『更級日記』(菅原孝標女(すがわらの たかすえの むすめ)には、東国・現在の千葉県で暮らしていた菅原孝標女は「蘆萩(ろてき)のみ高く生ひて、馬に乗りて弓もたる末見えぬまで、高く生い茂りて、中を分け行くに」と東国の風景を描いています。関東は、蘆(アシ)や荻(オギ)が高くまで生えて、馬上の人が隠れるほどに生い茂っていたと。ここでもヨシとは呼んでいない。

平安時代の末期になって『住吉杜歌合』の中で藤原俊成は「難波のあたりでは、あしとのみいひ、東(あづま)のかたには、よしという」とあり、さらに「伊勢志摩では、はまをぎ(ハマオギ)と名づけられている」と記しています。難波では「アシ」といい、東(あずま)では「ヨシ」という、伊勢志摩では「ハマオギ」と呼んでいるという。ここで初めてアシとヨシが登場します。平安時代の末のことです。

平安時代末には「ヨシ」と呼んでいたことになります。

『百人一首』(平安時代末から鎌倉時代)にも葦を詠んだ歌があります。

「難波潟 短き葦(アシ)の 節の間も あわでこの世を すごして世とや」 伊勢

「難波(なには)江の 芦(あし)のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき」皇嘉門院別当。 『百人一首』も「アシ」と呼んでいます。

「吉原(よしはら)」・「葭原(よしはら)」が江戸幕府によって許可されたのが1617年。江戸幕府(1603年)を開いてから10年余りです。私は、ヨシの茂っているヨシ原だったので「葭原(よしはら)」とし、途中で縁起が悪いので「吉原」に変わったのかと思っていましたが、調べると江戸時代の始め幕府が許可を出したときには始めから「葭原」・「吉原」の二つの漢字で書かれていたようです。江戸時代のはじめには江戸ではアシではなくヨシと呼ばれるのが一般的になっていたのかもしれません。「吉原」と書いたのがいつからなのか調べ中です。(「葭原」・「吉原」の漢字がいつから使われるようになったかご存知の方は教えてください)

江戸時代に書かれた『本草綱目啓蒙』(ほんぞうこうもくけいもう 小野蘭山 江戸時代 1803年)には、蘆を「ヒムログサ タマエグサ ナニハグサ サザレグサ ハマオギ 以上 古歌名 アシ 和名録 ヨシ」とありますし、『植物ことわざ事典』には、「スゴロ(青森) アセ(和歌山) コキ(鳴海) トボシ(垂水) ヒーヒーダケ(串木野) 」(足田輝 一編 東京堂出版 1995年 p154)もの方言も書いています。

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『本草綱目啓蒙』小野蘭山より 蘆  (国会図書館蔵より)

『古事記』には「豊葦原の千秋長五百秋の水穂国」(とよあしはらのちあきながいおあきのみずほのくに)、『日本書紀』神代上には「豊葦原千五百秋瑞穂の地」(とよあしはらのちいおあきのみずほのくに)神代下には「豊葦原千五百秋瑞穂国」(同上)と書かれています。

意味は、この国は葦が生い茂って千年も万年も穀物が豊かにみのる国、との意味ですから、弥生時代(3000年余り前)から葦原を拓いて稲作も行われていたはずです。

アシに込められた想いはたくさんあるようです。

上牧・鵜殿ヨシ原のほんの近くの安満遺跡は、弥生時代の稲作の様子を伝えています。
https://www.city.takatsuki.osaka.jp/site/history/4542.html

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[3] 次回「つる草抜き」は5月27日(土)午前9時より予定

次回の「つる草抜き」は

※5月27日(土)より~5月30日(火) 午前9時~午後4時(雨や作業の具合により日程の変更があります。)

6月中旬より淀川の増水に対応するため、NEXCOのトイレを含め工事施設全て撤去されます。
また暑さ対策もあり6月中旬以降は午前8時より午前11時までを「つる草抜き」の時間とします。

※6月17日(土)より~6月21日(水)  午前8時~午前11時
※7月8日(土)より~7月12日(水)   午前8時~午前11時
※7月29日(土)より~8月2日(水)   午前8時~午前11時
※8月19日(土)より~8月23日(水)  午前8時~午前11時

※9月は状況を見て予定します。
(なお雨などにより中止の場合、作及び業の進み具合で日程の変更があります。)
駐車場はありません。

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[4] 寄付のお願い

「つる草抜き」の活動を続けていくための寄付をお願いしています。
5月23日現在の寄付額などは3,871,488円です。ありがとうございます。
(・一般社団法人アクト・ビヨンド・トラスト(abtスポット)助成 30万円 ・SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞 200万円 を含みます)

寄付振込先

●郵便局は
郵便振込用紙に「ヨシへ寄付」と記入頂き
[口座番号]00140‐5‐614032
[加入者名]雅楽協議会

●銀行は
三井住友銀行 田無支店
普通 4012320
雅楽協議会 鈴木治夫

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[5]『ヨシ原通信』バックナンバー

『ヨシ原通信』を拡散していただけるとありがたいです。
『ヨシ原通信』のバックナンバーは、下記より読むことが出来ます。
http://gagaku-kyougikai.com/?p=2139

これまでに配布しました資料などは下記のアドレスから見ることがます。
https://drive.google.com/drive/folders/1M4MpYYxGF_GAdzrpjayvbI6BEw6zO8YX

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[6] 問合せ先・連絡先

メール gagakudayori@yahoo.co.jp
℡042-451-8898 ℡090-1538-1693
雅楽協議会 http://gagaku-kyougikai.com

発行 雅楽協議会 ヨシ対策室 担当 鈴木治夫

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篳篥を吹く源博雅(『陰陽師 玉手匣 2』より)ⓒReiko Okano

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